FC2ブログ
正常な感性を取り戻す方法
2018/08/06(Mon)
先日、わたしは仕事中に足を怪我してしまいました。
今は足の指から甲の部分が腫れあがっていて、少しでも歩くと痛くて家にいる時は歩かないようにしています。
わたしは、普段一日2万歩は歩く仕事をしているので 「この状態では仕事ができないなぁ」 と思いながらも、昨日の日曜日は病院が休みなので仕事に行きました。
痛みで仕事ができないようなら早退しようと仕事場に向かったのです。
で、どうだったか?

そこそこ歩ける

家で感じたような痛みを感じない。
「なんで?早くも治ったのか?」 と思いつつ仕事を終え帰宅するとやっぱり足が痛くなりました。

家にいる時には痛いのに、仕事をしている時は痛くない。
こういうことってありませんか?

あまり自覚はないのですが、仕事に行く時は緊張状態にあってその緊張感により痛みを感じないということのようです。
そうです。

仕事をしている時は感覚が麻痺しているということ

痛みを感じなくなるほど緊張感を持っている・・・これは毎日、痛み止めの薬を飲んでいるようなもので体にいいわけがなく、健康に悪い方の作用があります。
これはマズイことだと思います。

今回のわたしのように、わりと大けがであれば、感性の違いを感じ取ることができますが、ちょっとした怪我やストレスは自覚がないまま日々過ごしていることも多いかと思います。
しかし、それは自覚がないだけで体には確実にダメージがあるわけで、この積み重ねは体に相当害があるでしょう。


怪我にとどまらず緊張を強いられた社会人は正しい感性がなくなっているように感じます。
良いものを良いと感じ、美しいものを美しいと感じ、痛いものを痛いと感じる。
その正常な状態に戻してくれるものは、心が解き放たれる状態にすることだと思います。
わたしにとってその方法論はもちろん早期リタイア。

例えば、美しい星空が広がっているのにそれに気付かない人は正常な状態ではないと思った方がいい。
リタイアラーに限らず一般の人も体に悪いことには何かしら対策を打った方がいいと感じました。




この記事のURL | 日記 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
価値を正しく評価するって難しい
2018/07/28(Sat)
わたしの勤めるショッピングセンターでは、消費期限切れ間近の食品を社内販売という形で従業員向けに破格値で販売することがよくあります。
毎日のようにあるのがパンの社内販売です。

普段、お店で150円ほどで販売している食パンや100円程度の菓子パンを10円~20円程度で販売するのです。もちろん出ている限りで終了なのですが、定価の10分の1くらいの価格なのですぐに売れていきます。
そのパンを買って飲み物は家から持参すれば昼食にかかる費用は10円とかもありなんです。

いかにもわたしが食いつきそうな事ではあるんですが、実際はほとんど買ったことがありません。
なぜか?
過去に一度だけ買ったことがあるのですが

「美味しくない」

と感じたからです。
消費期限内の商品で品質に問題があるわけではないので美味しくないことはないはずですが、どうしてそう感じるのか?を考えてみました。

“10円のパンを食べている”
と思うことでそう感じてしまっているということだと思います。
同じパンを定価で買って食べれば、そう感じることはないのに10円で買うと「10円のパンだから」と決めつけてしまう。
このようにモノの価値が価格に引きずられて不当に低く評価されるといった感覚って自分の中にあります。
これはリタイアを目指す者にとっては悪い癖であり直していくべきだと感じています。


また、別のシーンでこんなこともありました。
先日、両親の金婚式のお祝いに子、孫が集まって創作中華料理のお店(A店)で食事をしました。
A店はその辺の中華料理のチェーン店では出てこない変わった食材を使った料理が売りの高級なお店です。後で兄弟で割り勘をしたのですが一人単価約6000円。

「高っ!」

何日か経って兄弟が実家に来た時に
「A店美味しかったよね。また行きたいね」となります。
「珍しい料理があったよな」と言いつつも
心の中では
「餃子の王将の方が好きやけどな」(と叫ぶ)。

ホントにその人の舌に合うということならいいのですが、お店の雰囲気やら見たことがない料理だとかで“非日常を味わっているだけ”で料理そのものを美味しいと思っているのかは疑問でした。

社内販売のパンと中華料理の話、どちらも言えることは、なんとなく価格に引きずられて美味しい、不味いを決めていないか?ということ。
食べ物を例にしましたが、ブランド物の○○とかも同じことが言えると思います。
モノの価値を価格や評判に引きずられずに自分で決めることはリタイアラーにとって必要不可欠なものだと思います。



この記事のURL | 雑感 | CM(4) | TB(0) | ▲ top
戦略家であれ
2018/07/26(Thu)
世間でいわれる社会的地位についてですが、普通、社会的地位が高いというのは、誰もが認める安定した会社や組織で上位職に就いているということ を指すと思います。

しかし、この社会的地位の概念とは真逆の層がいます。
それは・・・

既婚女性

既婚女性の社会的地位、ヒエラルキーとしては実質無職の専業主婦が一番上。その次に短時間のパートタイマー。そして正社員といった具合。

女性は学校を卒業するといったん正社員になることが多いですが、仕事に疲れてくると逃げ場として結婚を目指す人も多いみたいです。そして結婚して家庭におさまって正社員で働かなくていい環境になりラッキー といったパターンが多いのではないでしょうか?

離婚など何かネガティブな理由によりカネが必要になった時に女性は再び正社員を目指すことがありますが、それはどちらかというと消極的選択。
つまり、女性にとって正社員というのはビミョーな立ち位置なのです。
なんだかんだ言っても男性の方が高収入を得やすい社会なので、男性もこの構図は仕方がないと納得しているのではないでしょうか?

まあ、言ってみれば

男も女もあまり働きたくないんですよ、みんな。

だからできれば他者に頼りたい。
そう、他力本願。
男性も誰か頼れる人いればいいのですが誰が自分を養ってくれるのか?
答え・・・

誰も養ってくれません

じゃあどうするか?
他力が無理なら自力で何とかするしかない。

わたしの場合は過去に築いた資産が、この先のわたしの生活の面倒をみるということになります。
つまり、過去の自分が将来の自分の生活の面倒をみるということ。
自分が自分の面倒をみる。この構図に他者は存在しません。
自分だけで完結しているわけなので、他人に批判されることもありません。

これを批判するのであれば、他者に依存しきっている専業主婦はもっと批判されるべき。
専業主婦もその人の戦略が功を奏して得た“最高地位”なので頭がいいとは思いますが、男も指をくわえて見ているだけだなんてもったいないので何か考えないといけないと思います。

早期リタイアが目標であれば強い意志とそこそこのカネがあれば何とかなるでしょう。
ただし若いうちに考えないとダメ。
時間とカネを両睨みすることが必要なリタイア志望者は20代、遅くても30代で考え始めるべきだと思います。
早めに仕掛けて早めに人生を楽しみましょう。




この記事のURL | 早期リタイア | CM(0) | TB(0) | ▲ top
セミリタイアの定義が変わった?
2018/07/23(Mon)
わたしはブログの更新頻度が低く、最近では月に3回程度となっています。
自分のブログもあまり書きませんが “セミリタイア生活”カテゴリーに登録している他の皆様のブログを見ることもほとんどありません。昔はよく見ていましたが、今は月に1回も見ることはなく年に数回といったレベルでしょうか。

そんなわたしですが、今日気が向いてブログ村の皆様のブログを見ていました。
すると、あるブログで “バイトを辞めてセミリタイアする” というような表現を目にしました。しかも複数のブログで。

えっ、バイトくらいはするものがセミリタイアでしょ?

セミリタイア生活ブログ村にしばらく来ないうちに、時代の流れで言葉の定義が変わってしまったのでしょうか?

わたしの頭の中では完全リタイアは、全く働かずに手持ちの金融資産を運用または取り崩しながら生活すること。
セミリタイアはたまにアルバイトでもして、生活費の一部をその収入でまかないながら金融資産の減少のスピードを抑えて生活していくこと、という区別なんですけどね。
これ間違ってるのかな。

まあ、そもそも完全リタイアとかセミリタイアなんて市民権を得ているわけでもないような俗語って感じで定義なんてあってないようなものなのかもしれませんね。

前からそんなことを思うことがあって、わたしは今までセミリタイアという言葉は使わず早期リタイアという言葉を使っています。どっちでもいいけど。

で、自分としてはどっちなんだ ってことを自分自身の再確認として書いておきます。
わたしとしては、完全リタイアができる経済的な状態にして、リタイア後、新しい趣味ができてカネが必要という状態になれば、その趣味の邪魔をしない程度に必要な金額分だけ稼ぐと、いう想定でいます。
いまの質素な生活を続ける限りアルバイトをする必要はないかもしれませんが、わたしのライフプランではこの先15年くらいは人生を楽しむ時期と決めていますので、ちょっとカネがかかることになると思います。

わたしは労働が嫌いで嫌いで仕方がないといわけではありません。今のように毎日13時間も拘束されてトラブルだらけでボロボロにされるという働き方がイヤなのです。一日数時間のアルバイトであれば「たまには世の空気を吸ってくるか」といった具合で問題はないと考えています。
ということで、完全リタイア時々セミリタイアといった感じで過ごす予定です。



この記事のURL | 早期リタイア | CM(2) | TB(0) | ▲ top
運の良さに感謝する
2018/07/19(Thu)
わたしの勤めるショッピングセンターに凄腕(?)の保安官がいて毎日のように万引き犯を捕まえてきます。
そして昨日もまた・・・。
連絡を受けて保安室に行くと、しょぼくれて座っているのはいつものように69歳女性。
“いつものように”というのは捕まるのは大体が70歳前後の人だから。
高齢者の万引きが増えている とテレビやネットの見出しであがりますが、わたしの感覚では増えているというより、その年代の人しかいないといった方が正しいと思います。

盗品は食品3点。金額にして2500円ほど。
当然お巡りさんに来てもらうのですが、お巡りさん的にはこの程度なら微罪(実質無罪放免)で済ませてほしいと暗に店側に迫ってきます。
これはいつもそうです。お巡りさんも忙しいですからね。
しかしうちの会社としては、それは認められていませんので毎回被害届を出します。わたし個人的にも犯罪に対しては厳しい態度で臨みたい考えですので会社の考え方と一致しています。

中には反省していなかったり、ふてくされる万引き犯もいて腹が立つことも多いのですが、今回はちょっと複雑な気持ちになりました。
それはその犯人の現況と振舞いを間近で見ていたからです。

・69歳 女性 
・本人はホテルで清掃員のアルバイト
・今年になって元塗装工のご主人さん(68歳)が肺の病気で働けなくなり生活保護を受けている。
・収入は生活保護とアルバイトの収入で月計15万円ほど
・市の指導により家賃が基準以下のアパートに引っ越したばかり
・本人は精神的に不安定になり眠剤を服用
・子供たちは遠くに住んでいて関わり合いがない


こんな具合。よくあるパターンではあります。

70歳近くになって病気で働けなくなるのは珍しいことではなく むしろ普通のこと。しかも無年金状態になるのが事前にわかっていながら準備をしてこなかった。これは身から出た錆 という見解に変わりはありませんが・・・

本人の様子は
・やってしまったことに対して心痛な表情で反省している
・外見は骨と皮だけ?っていうくらい痩せ細っている


こういう場面を目の前にすると、ちょっと心が痛みました。

わたしは金持ちになったことはないけど、食うに困るほどの貧乏も経験したことがありません。そして今わたしは早期リタイアができるくらいのところまで来ていますが、それはそれなりの教育を受けられて、きちんと就職できたことが大きいと思います。
その先の考え方は人によると思いますが、まず考え方のベースとして正しいものを習得できたということ。

これは運の要素が大きいと思います。

家庭の事情でその正しい考え方を得ることがなければ、今考えていることとは全く違う生活をしていたかもしれません。
メジャーリーグのイチローも子供の頃に野球を教えてもらえない環境であったなら今はないのですから。

今、順風満帆に進んでいる人も自分ひとりの力なんて思わない方がいい。
小金を持つと傲慢な見方をしがちですが、もう少し謙虚な気持ちを取り戻さないといけないと感じさせられた夏の一日となりました。




この記事のURL | 雑感 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ