義理=カネは美しい文化か?
2017/04/22(Sat)
きのうNHKのドキュメント72時間で都会の葬式をテーマに取り上げていました。
わたしの感想は葬式も年々シンプルになって合理的になってきているということ。

そうは言っても葬式代の全国平均は200万円とのことで、これはカネをかけすぎ。
これは亡くなった人に対してこれぐらい豪華に(?)送りださないと失礼ということなのでしょうか?
亡くなった人への想いというより遺族に対して格好をつけるということであれば、ここでも見栄というものが透けて見えます。
ブランドもののバッグを持ちたいということと本質的には同じですね。

わたしの勤める会社でも社員本人、または家族が亡くなると各営業所に訃報としてFAXが流れてきます。
それを見ると、最近では家族葬で済ませる方がほとんどで訃報には基本的な葬儀の内容に加えて「弔問、生花、香典は辞退させて頂く」旨が記載されています。
お気遣いを頂いたら当然お返しが必要なわけで、今の世の中そういった人付き合いをシンプルに済ませたいというのは誰もが思うところですよね。

こんなこと言ったらいけないのでしょうけど亡くなった人のために今まさに生きている人の生活が立ち行かなくなるなんてバカバカしいですもん。

「死なないで。いま死なれたら わたしも生きていけない(経済的に)」 なんてブラックジョークかよw

交際費に限らず省けるものは省くというのが節約の基本。それでみんなハッピーになれるのであればそれが正解。
義理を欠いては・・・という言葉があります。非常識過ぎるのはダメですが義理をカネに置き換えるという考え方もまた卑しい。義理=カネではなく義理=気持ちであるはず(よし、決まったw)。
義理チョコなんてのもありますが、昔ながらの不要な文化はどんどん廃止する合理的な考え方をわたしは支持します。



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リタイア精神の大元
2016/11/07(Mon)
そろそろ早いところでは忘年会が始まったりするのではないでしょうか?
この忘年会という言葉。わたしは子供の頃、この言葉に違和感を抱いていました。

「忘年会ってなんでするの?」って親に聞いたら 「その年の悪いこと、イヤなことを忘れるためにする」という回答。

当時子供のわたしは日々の生活で悪いこと、イヤなことなんて皆無であり楽しいことばかりでした。
毎日、しあわせというリア充の生活。
そんな状況にある子供に「イヤなことを忘れるための宴会」 なんていわれても当然意味がわかりません。
頭の中は?? って感じでしかなかったのを覚えています。

大人になった今では忘れたいことがあるといえばあるのですが、というより勝手に忘れてしまうんですよね。
なにかネガティブになるようなことがあっても1日か2日引きずる程度。
良いこともそうですが悪いこともすぐに忘れてしまうというオトクな性格ではありますw
いつまでもクヨクヨしてしまうというのはツライですからね。

わたしはこの忘年会という概念が定着してしまっていることに日本社会の病理を感じます。
だって全員に悪いこと、イヤなことがわんさかあるということが前提になっているということですから。
うわぁ、いやだなぁ これはという感じ。

あと 「お疲れ様」 という言葉にも違和感を抱きました。
これはみんなヘトヘトだというのが前提で合言葉として定着している言葉だから。
ひとつの言葉を超えて挨拶にまでなってしまっているって おいおいっ て感想。
「ぼく、別に疲れてません。むしろ絶好調なんだけど」って言いたいくらいです。

そんなことを感じてしまうわたしなので悪いこと、イヤなことばかりなら、そんなネガティブな社会とはバイバイしてしまおうという考えが頭の中にあるのかもしれません。
ということで、わたしのリタイア精神の大元は超ポジティブ思考から来ているものだと結論付けることができました。



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ルールは時にねじ曲げる②
2016/11/03(Thu)
先日、わたしの奥さんがスーパーに歩いてお買物に行った時のこと。
自宅からスーパーまでの道路は車がすれ違いをすることができない道幅で、しかも曲がりくねっており見通しはかなり悪い道路となっています。
このような道路であることから、わたしがここを歩く時は対向する車から見えやすいように左側を歩くようにしています。
しかし、うちの奥さんは歩行者だからという理由で右側を歩いていたら車が急に出てきて危なかったとの話を聞きました。

ここで大事なことは安全に通行できるかどうか、ということであって交通ルールを頑なに守ったところで車にひかれたら結果としてダメなわけです。
横断歩道で青信号だとしても車が来てたら当然渡ってはいけないのです。

交通ルールだけでなく、このように決められたルールを何の疑いもなしに従い失敗する人って多い気がします。

働くことについてもそうです。
60歳(今は65歳?)まで働くのが世間一般のルールです。
これは常識であり、なんとしても守らなければいけないと考えている人が多いのは事実。

わたしの勤める会社でも真面目でルールを破ることができない人が精神的に参ってしまうということをよく聞きます。
ルールは時に自分でねじ曲げることができるというくらい気持ちに余裕を持たせることで「上手に」生きていくことができるのではないでしょうか?

これは学校では教えてくれません。それどころかルールは必ず守るものとして教えられます。
それに従順でないわたしのような人であればいいのですが、従順であるがゆえに失敗する人がいるように思います。

社会人として普段は責任感を持つことは必要なのでしょうが、いざ追い込まれたら「そんなこと知らんがな」といって放り出す器用さも必要だと思います。



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消費が及ぼす影響を実験する
2016/09/22(Thu)
みなさんはストレス解消に何をしますか?
世間一般では酒、ギャンブル、女性ならショッピング、友人とおしゃべりなどでしょうか?まあどれをとっても消費です。純粋におしゃべりだけなら消費はしませんが。。

わたしはというとカネのかかる娯楽は余計にストレスになると考えてきたので今までほとんど何もしてきませんでした。
放置ですね。しいて言えば現実逃避のために寝る。
こんな感じでだましだまし大きなストレスの波が去るのを待つということを繰り返してきました。

そうです。早期リタイアという目標に向かってがむしゃらにカネを確保することが正しく、例えストレスを半減できるような娯楽があっても手を出してこなかったのです。

しかし間もなくわたしに環境の変化が訪れようとしています。どんな環境の変化かというとカネを増やさなくていいという いまだかつて経験したことがない環境の変化です。それをもたらした理由はリタイア生活に向けての目標金額をひとまず突破するから(半年くらい先)。
カネなんてあるに越したことはないので蓄財を続ければいいようなものですが、カネを貯めるのが目的化するのは違うと考えているので、この環境の変化後は いままでしてこなかった消費を意識的に行う期間を設定します。

その消費がストレスにどのような効果を及ぼすのかが楽しみなのです。

何でもっと早くしてこなかったのかと思うのか、それとも今まで思ってきた通り余計にストレスがたまる結果となるのか?
就職25年目で初めての本格的な消費行動に臨みます。
今まで考えてきたことが間違っていたと証明されることを期待するようなしないような複雑な心境です。ストレス解消のために消費か、ストレス解消のために消費をしないのかの実験を只今準備中です。



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変な規則が縛るもの
2016/07/16(Sat)
みなさんは一日何時間働いていますか?
わたしは一日平均実働11時間ほどです。会社員としては労働時間はやや長めでしょうか。

わたしは正社員ですが非正規社員の場合は一日の労働時間は長くても8時間までですかね。6~7時間という所も多いでしょう。
仮に一日7時間労働で時間給1000円とすると1日7千円。ひと月にすると15万円程度の月収。
これで一人暮らしとなると普通の消費生活をしている人にとってはギリギリの生活になるでしょう。

最近よく言われる貧困ってやつです。
その貧困を打破するためどうするか?
ひとつは正社員の道を目指す。もうひとつは労働時間を増やす。

そう簡単に正社員になれないことも多いようで、わたしの周りで増えているように思えるのが後者のほう。仕事のかけもち、ダブルワークです。
わたしの会社ではダブルワークは禁止されているのですが他社では許可(黙認)している会社もあります。
わたしは従業員の採用面接をすることがありますが、本人と会社側のニーズが一致しているのにしょうもない規則により採用できないといったことがあります。
なぜそんなことを縛る必要があるのでしょうか?
一日の労働時間の問題などあるようですが、ただでさえ労働人口が減って従業員の確保が難しいのにそんなこと規制してる場合か、と思います。
法律は社会に役立つことが目的であって、それに反している法律であれば改正もしくは規制緩和が必要。

人はそれぞれの目的によりたくさん働く時期、まったく働かない時期があっていいはず。
例えば20歳~40歳までは月1日休み、毎日15時間労働で40歳からは働かない、とかそんな働き方ができるようになってほしいと思います。
わたしは20歳~60歳までは全員8時間働くという固定観念には昔から違和感を持っています。これは人生の時間配分の問題で本来自由であるべき。

セミリタイアというライフスタイルがいつまで斬新な発想のままなのでしょうか?
変な縛りをなくせば多くの人が考え付く普通の発想だと思っています。



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