揉め事の芽は摘んでおく
2016/06/27(Mon)
先日のスーパーのレジでのこと。
わたしの前にいた女子3人組のグループがお酒やおつまみなどを買ってレジで精算をしていました。自宅で女子会を開くみたいです。

合計金額が3200円ほど。このグループがどう支払ったかというとAさんが3000円、Bさんが約200円という支払い方でした。
この場合、レジで3人が3分の1ずつお金を出し合うと時間もかかるしスマートじゃありません。完全に割り勘をするとなると小銭も持ち合わせてないかもしれません。

こんな時は一人がまとめて支払い、その後代金を回収するという方法でいいでしょう。
でもなぜか「わたし細かいお金あるから~」といって端数を出したがる人がいます。今回はBさんがそれ。
それをやってしまうと後で割り勘をする時の計算が少々ややこしくなるでしょう。
ここで計算を間違えてしまうと人間関係を壊す元になりかねません。

でもそもそもこういう支払いをする人たちは完全に割り勘でなくてもいいと考えているのかもしれませんね。
そこんところはよくわかりませんがお金に対してそんなアバウトでいいのか?と思います。

世のトラブルの多くはお金に関することという事実を考えるとこのあたりはいい加減にするのは良くないと感じました。



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同級生が亡くなった
2016/06/20(Mon)
先日このブログで人生を考えさせるきっかけのタイトルで会社の同僚であるKさんの記事を書きました。
その中で今月4連休をとっているのでアジアあたりに旅行か?と予想しましたがやはり・・・
今月はシンガポールでした。
本人から聞いたわけではないのですが先日Kさんのかばんからシンガポールのガイドブックが見えていたのです。
この3か月で香港、北海道、シンガポールと・・・スピード上げてきたなぁって感じですわ。

と思っていたら、今度はわたしの幼なじみが亡くなったとの一報が入りました。
亡くなったのはわたしの幼なじみで同級生の46歳男性です。一年ほど前に会った時は普段と変わりなく元気にしていたのでびっくり。死因は胃がんとのこと。
毎年検診を受けている人も多いと思いますがバリウムをん飲んで・・・の検査だけでは発見しきれないのでしょうかね?

彼は独身で大の車好き。高級車が好きというよりもパーツだとかをいじり倒すのが大好きで何台も車を所有していました。はたから見ている限りは自分の好きなことをして幸せそうでしたが46歳ではちょっと早いのではないかと。

前ぶれもなくゲームセットになる、これも人生です。
先日新聞で二十代の若者の不安の種は年金とありました。25歳の人が70歳になるまで生きる確率は80%オーバーのようですが、こういうことがあるたびに何十年先の生活に不安を感じることがどうなのだろう?と思ってしまいますね。

みなさんもこれを参考にして考えてみてくだされ。
長生き確率表



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他人のミスを許せない人
2016/06/16(Thu)
先日仕事で顧客(Aさん)とのトラブルがありました。
わたしの部下(Bさん)のちょっとした不始末が原因だったのですが、電話で対応したわたしが延々とお説教を受けました。
細かい内容は控えますがAさんはBさんに対して「うそつき」「信用できない奴」の発言をはじめ社会人としてどうなの?と思うくらいの罵声を浴びせてきました。

事実関係を確認したところ、仕事における不始末の程度としてはそんなに大したものではなく通常では苦情につながるような事案ではありません。
わたしも今の仕事をして長いのでクレームに慣れていると言えば慣れているのですが相手が立場の弱い人と見るや好き放題言ってくる人はいるんですよね。

その後、連絡事項があったことからAさんと携帯電話のメールでやりとりをしてその事案は一応終息しました。

するとその翌日にそのAさんから携帯電話にメールが入りました。
内容はこの事案に関することではなく全くわたしが理解できない内容。そうですAさんは送信先を間違えてわたしにメールを送ってきたのです。わたしはメールを返信してAさんは間違いに気付きお詫びのメールが届きました。

それでメールのやりとりは終わったのですが、ここで思うこと。

間違いなんて誰にでもあることでそれを許せるかどうか ということ。

今回AさんはBさんの些細な不始末でクレームをつけてきましたが、このメールの送信先間違いについてはどう考えるのでしょうか?

「誰にでも間違いはありますので気になさらないでください」とAさんを諭すメールを返信したい衝動にかられました。

瑕疵の程度の差はあれ、もう少し寛大な心があってもいいのでは?と思った次第です。



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目的地を間違えない
2016/06/08(Wed)
わたしの姪がこの間20歳になりました。
思えば姪が生まれた当時、姉夫婦はわたしの勤め先の近くに住んでいて姪をベビーカーにのせてわたしの職場まで姪の顔をみせにきてくれていました。

真っ赤な顔をして丸々としていた姪がもう成人ですよ。
わたしは当時すでに25歳の大人だったので20年たっても見た目はそう大きくは変わっていません(たぶん)。
見た目は子供から大人になるみたいには劇的に変化しないからわかりにくいのですが、姪もわたしもあれから20年という同じ長さの時間が流れました。

自分が大人になって初めて生まれた身近な子が大人になるのってなんか感慨深いというか考えさせられますね。

ここから先、姪も大学を卒業したらいよいよ社会に価値をもたらす大人になるのでしょう。
姪はもちろん、わたしも普通ならまだまだ働き盛り。
でも生産年齢人口というか価値を生み出す大人ってそんなにたくさんいるのかなぁと思います。
GDPか国力かわからないけどそんなこと知ったこっちゃないわって感じです。

国民一人一人が幸せに生活できればいいのであって、国のために国民が不幸になるのであればそれこそ目的はどっちなんだよって思う。
目的地が誤っている状態で頑張って歩んだところで、到着するのは誤った目的地。
「あれ、なんでこんな所に来ちゃったんだろう」って後悔することになります。
しかも失った時間は二度と取り戻すことはできません。

国民一人一人の人生がうまくいってさらにイイ国になればそれに越したことはないけど、自分自身を犠牲にしてまでするのは本末転倒。
個人としては自分の中で主従関係をはっきりさせておかないと変な結果に終わってしまう気がしています。




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人生を考えさせるきっかけ
2016/06/04(Sat)
会社の同僚のKさん(女性・49歳)はご主人さんと二人暮らしで子供はいません。家族形態についてはわたしと同じですね。
しかし我が家と決定的に違うのはKさん家は夫、妻ともに正社員でバリバリに働いていること。
Kさんは年収800万円ほどで女性としてはしっかり稼いでいます。ご主人さんも名の知れた会社に勤めています。

こんな状況の人ってどんな生活をしているのかな、といった興味もありKさんの消費生活を観察したりするのですがやはり「貧困って何?」という生活をしています。

昼食にちょっと良さげな焼肉レストランに行ったり、毎日の通勤でも別料金が必要な特急電車を利用したりしています。
旅行も好きみたいで今年の春には香港に行って、先月は北海道を旅しています。
お土産を頂くたびに「また行ったか」とわたしは指をくわえています。

と思っていたら今月また4連休を入れています。4連休という長さからしてアジアかビーチリーゾートあたりかなと。
50歳を目前に今がまさに「人生を楽しむ時」と考えているのかもしれませんね。

Kさんとは職位が同じであることから彼女が連休をとるとわたしが休みにくくなるので「えーっ!?」てなもんですけどね。

特にここ最近は激しく遊ぶなぁと思ってよくよく考えてみると、実は今年に入ってKさんは実の姉を病気で亡くしています。
亡くなったお姉さんは50代前半だったと思うのですが、これがKさんを目覚めさせたきっかけとなったかもしれません。

50歳くらいだと健康な人が多いのですが、ここで思うのが人生を楽しむことと寿命との関係について。

仮に健康で楽しめる期限が明確になってしまった時(余命を告知された時など)、その後は純粋に趣味などを楽しめるでしょうか?
「明日死ぬとしたら何をしたい?」という質問がよくありますが、明日死ぬとわかっている状況で何を楽しめるというのでしょうか?
そんな状況で金なんかあっても仕方がないでしょう。

やはり趣味を楽しむにしても心身ともに健康であることが大前提。
あまり遅くまで楽しみをとっておくことは、それを楽しめないまま人生終了のリスクが高いことを肝に銘じる必要があると思いました。




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