お葬式の最中のみ思うこと
2014/08/25(Mon)
先日会社関係のお葬式に出席してきました。
会社関係のお葬式に出席することはたまにあるのですが告別式の約1時間の間、複雑な気持ちになることがあります。

それは・・・
式の間、葬儀場の係りの人が故人の生前の立派な生き様をアナウンスします。だいたいが故人の美しい苦労話がでてきます。それを聞いて、一瞬「自分も立派に生きないとダメだな」「早期リタイアを目指すこんな生き方でいいのだろうか」と思います。
自分の葬式の時にはどのようにアナウンスされるのかと考えると「故人は早期リタイアを達成して自由に気ままに楽して生きました」とでもなるのでしょうか?
これでは参列者に涙ひとつ流してもらえませんね。

しかしそれはあくまでも式に出席している1時間限定での感情です。式が終わるとすぐに通常の自分の思考に戻ります。
どんな立派な学歴や社会的地位があっても、亡くなって数日間だけ「あの人は立派な人だった」と言われて後は忘れ去られるのです。自分が死んだ後の評判を気にして自分の望む生き方をしないというのは最もばかばかしいことですしね。

日本人の「苦労こそ美徳」という思考と、「必要のないものは排除する」という自分の超合理的な思考は永遠に相いれないようです。

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