一寸先は闇
2016/11/12(Sat)
先日会社で半年に1回の大きな営業企画がありました。
土日が休みではない我が営業所は普段は交代で社員が休みをとっているのですが、この日だけは絶対休めない日であり社員はもちろん非正規社員の方も全員出勤です。

と思いきや、直前になって営業所長から「当日休むから」と言い伝えられました。
言われた瞬間は「えっ??」と思いましたが、「理由は後日話すから」とのこと。
この日に休むということはプライベートで何か重大なことがあるということは理解しました。

そして昨日、その所長から理由を聞かされました。
それは・・・
「つい最近、妻がガンとわかり 末期でもう先が短い」とのこと。

事態が急を要するということで、病気の説明とこの先の対処についてお医者さんと話をするのがこの当日しかなかったとのことでした。

所長は53歳、奥さんはおそらく50歳くらいだと思います。まだまだ若いのに。。
そして所長から出た言葉が
「ボク、もう所長職を降りるから。妻の看病をするのはボクしかいなくて今の激務との両立はできない」とのこと。

所長もわたしもそうですが出勤日は長時間勤務で平均13時間。先日のように忙しい日は15時間会社にいます。通勤時間を含めると16~17時間とか。
子供は高校生らしく、こんな状況で家庭のことと両立なんてとても無理。

所長職を降りて一般職になると会社の拘束時間は大きく減ります。収入は半分近くにまで下がりますが状況が状況ということでやむをえないという判断です。

わたしは幸いこんな状況になった経験はありませんが、もし同じ状況なら同じ行動をとることになるのでしょうか?
普段こんなことを考えないのでどうすることになるのかわかりません。
ただ自分や家族がしあわせになるために仕事をしているのだから、収入が半分になろうがそれが最善の策であれば当然それを選択することになるでしょう。

わたしは早期リタイア達成ため資金が必要ということで、そういう意味では前向きに仕事をしています。
しかしこういった突発的な事態が発生すると不本意であっても計画通り行かないものです。

大病や大きな災難にあうこともなく平和に過ごせていることで自分の生き方を続けられることにありがたい気持ちになりました。
近く上司が変わることになりそうです。。



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若者の自殺について思うこと
2016/10/10(Mon)
電通の新入社員が自ら命を絶った問題で「仕事を辞めずに死を選んだことが、結果だから仕方がない」と解釈できるような論調があります。

そんなわけありません。

結果として若い人が死んでしまったこと、そのことが問題なのです。

生きるか死ぬか、そこまで追い込まれてしまう前に「何のために生きているのか?」「人生の目的は何か?」を考える機会を持つべきだと思います。
言うまでもなくそれは幸福の追求です。その幸福の形は人それぞれ違うのですがそれに向かって歩むことがイコール人生の目的を果たすことにつながるということ。
(あまりこれを強調し過ぎると宗教くさくなってくるのがいやなのですが・・・)

これを理解していれば目的達成を邪魔するものは切り捨てるという判断ができます。
いろんな理由により困難な状況にある人であっても、今ある現実的な選択肢の中で最も良い選択をします。少なくとも正反対である死を選ぶという判断には行き着きません。

「こうしていれば死を避けられた」というご意見も目にします。
しかしそういった数々の方策は目的が土台にあって初めて出てくる技術的な問題です。
彼女はその土台がなかったがゆえに結果「今のままだったら死んだ方がマシ」という考えから死を選んでしまったのではないでしょうか。
これがしっかりしていれば技術的なことが備わっていない就職したての若者でも死を選ぶという結論には達しなかったと思います。

あともうひとつ、技術論ではありますがわたしが同じような若者にアドバイスするとするなら「今の状況が未来永劫続くわけではない」ということです。
仮に彼女が今の最悪の状況が半年後に一変するということがわかっていれば踏みとどまったと思います。半年後かどうかはわかりませんがそんなに遠くない将来状況は好転するでしょう。
長い間、会社員として働いていればわかるのですが、仕事環境なんて良かったり悪かったりなのです。
良いことも長く続きませんが悪いことも長くは続きません。

自分を苦しめる悪の元凶がひょんなことから取り除かれたりして事態が好転することだってよくあることです。
これは経験値がモノをいうこと。
今回は新入社員だったとのことでその経験値がないまま最悪の結果となってしまったことが非常に残念に思います。



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なぜ法学を必修としないのか?
2016/09/12(Mon)
誰でも小学校で国語、算数、理科、社会を学習してきましたよね。中学に入ると英語も加わって日本人なら全員が習うシステムができています。
その主要5つの教科の他にも美術とか音楽、体育などあります。

ここで疑問


その中にどうして法律がないのでしょうか?

これがないのがすごく不思議です。


学ぶ機会としては大学で法学部に進む。もしくは大学で法律の授業を選択するくらいに限られるので、法律を理解している人はほんの一部ということになります。
こう言うわたしも大学は経済系の学部で民法を少し学んだ程度で法律はよくわかっていません。

ほとんどの大人は、社会に役立つことが目的であるはずの法律を詳しく知らないまま社会生活を送っているのが現実だと思います。
これでいいのでしょうか?

なぜこんなことを思うかというと簡単な法律を知らず

に犯罪を犯してしまう人が多いから。



特に感じるのは刑法です。
新聞の事件欄を見ていると脅迫やコンビニ強盗などの犯罪をよく目にします。
それは大抵ちょっと頭の良くない人たちです。
「殺すぞ」とか口走ってしまったら通報されて御用になるということくらい法律を知っていればわかるようなもの。

でも学校で学ぶ機会がなく、社会に出てからも身につけることができなかった頭の良くない人がそれをやっちゃいます。

コンビニ強盗もしかり。
強盗で捕まったら重罪になることを知っていればやらないはず。たかが数万円程度のリターンとブタ箱行きのリスクを考えれば実行に移さないはずなのです。

ここでは罰(法律)の抑止力が働きます。

つまり法律を学ぶことでリスクとリターンの関係に想いをめぐらすという複合的なモノの考え方ができるようになります。
このヒトを成長させることにつながる法学はやはり必修であるべき。

なんだかんだ言っても、教育の力は大きいのです。
こんなことで新聞に載るような人たちでも日本語は堪能だし計算もできます。それは国語や算数を必修で学んできたから。

ではこれをどのタイミングで教えるといいか?
小学校高学年~中学校の義務教育の時期でしょう。

リオ五輪では貧困という原因で教育も受けられない結果、治安の悪さを目の当たりにしましたが、教育をすることができればすぐに効果が表れるのではないでしょうか?また将来の安心、安全な日本につながると思います。
わたしは法学の学校教育導入を期待します。



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旅先で見るもの
2016/08/01(Mon)
先週の3日間で横浜・鎌倉旅行に行ってきました。
訪れたのはみんなが行くような観光地ばかり。
6年前にもほぼ同じ場所を訪れたのですが非日常を感じられる旅行はなかなか楽しかったです。

この旅行で強く感じたのは観光地がどうだとか中華街の料理が美味しいかどうか、ではありません。

人がどうかです。

訪れて感じたのは現地の人が非常にお上品だということ。
わたしの地元では感じることがないような「金持ち喧嘩せず」というような空気をひしひしと感じました。
横浜のような大都市ともなると割合としてイイ人も多いけど変な人も多いはずです。
しかし人口が多い割には変な人を見かけません。どことなく余裕があるような素敵な人たちばかりという印象。
それは東京でも感じますが、東京は町によって空気が違いますが横浜は見る限りイイ感じでしたね。

横浜市をはじめ神奈川県内にはわたしの勤める会社の営業所も複数あります。
こんな環境なら異動してしばらく住んでみたいとも思いました。
異動ともなれば関東地方の名所も回れるしこれはいいなと。今度自己申告書に関東営業部に異動希望と書いてみようかな。

最近はこんな感じでいろんなことをリサーチする旅行に変わってきています。



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揉め事の芽は摘んでおく
2016/06/27(Mon)
先日のスーパーのレジでのこと。
わたしの前にいた女子3人組のグループがお酒やおつまみなどを買ってレジで精算をしていました。自宅で女子会を開くみたいです。

合計金額が3200円ほど。このグループがどう支払ったかというとAさんが3000円、Bさんが約200円という支払い方でした。
この場合、レジで3人が3分の1ずつお金を出し合うと時間もかかるしスマートじゃありません。完全に割り勘をするとなると小銭も持ち合わせてないかもしれません。

こんな時は一人がまとめて支払い、その後代金を回収するという方法でいいでしょう。
でもなぜか「わたし細かいお金あるから~」といって端数を出したがる人がいます。今回はBさんがそれ。
それをやってしまうと後で割り勘をする時の計算が少々ややこしくなるでしょう。
ここで計算を間違えてしまうと人間関係を壊す元になりかねません。

でもそもそもこういう支払いをする人たちは完全に割り勘でなくてもいいと考えているのかもしれませんね。
そこんところはよくわかりませんがお金に対してそんなアバウトでいいのか?と思います。

世のトラブルの多くはお金に関することという事実を考えるとこのあたりはいい加減にするのは良くないと感じました。



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