若者の自殺について思うこと
2016/10/10(Mon)
電通の新入社員が自ら命を絶った問題で「仕事を辞めずに死を選んだことが、結果だから仕方がない」と解釈できるような論調があります。

そんなわけありません。

結果として若い人が死んでしまったこと、そのことが問題なのです。

生きるか死ぬか、そこまで追い込まれてしまう前に「何のために生きているのか?」「人生の目的は何か?」を考える機会を持つべきだと思います。
言うまでもなくそれは幸福の追求です。その幸福の形は人それぞれ違うのですがそれに向かって歩むことがイコール人生の目的を果たすことにつながるということ。
(あまりこれを強調し過ぎると宗教くさくなってくるのがいやなのですが・・・)

これを理解していれば目的達成を邪魔するものは切り捨てるという判断ができます。
いろんな理由により困難な状況にある人であっても、今ある現実的な選択肢の中で最も良い選択をします。少なくとも正反対である死を選ぶという判断には行き着きません。

「こうしていれば死を避けられた」というご意見も目にします。
しかしそういった数々の方策は目的が土台にあって初めて出てくる技術的な問題です。
彼女はその土台がなかったがゆえに結果「今のままだったら死んだ方がマシ」という考えから死を選んでしまったのではないでしょうか。
これがしっかりしていれば技術的なことが備わっていない就職したての若者でも死を選ぶという結論には達しなかったと思います。

あともうひとつ、技術論ではありますがわたしが同じような若者にアドバイスするとするなら「今の状況が未来永劫続くわけではない」ということです。
仮に彼女が今の最悪の状況が半年後に一変するということがわかっていれば踏みとどまったと思います。半年後かどうかはわかりませんがそんなに遠くない将来状況は好転するでしょう。
長い間、会社員として働いていればわかるのですが、仕事環境なんて良かったり悪かったりなのです。
良いことも長く続きませんが悪いことも長くは続きません。

自分を苦しめる悪の元凶がひょんなことから取り除かれたりして事態が好転することだってよくあることです。
これは経験値がモノをいうこと。
今回は新入社員だったとのことでその経験値がないまま最悪の結果となってしまったことが非常に残念に思います。



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なぜ法学を必修としないのか?
2016/09/12(Mon)
誰でも小学校で国語、算数、理科、社会を学習してきましたよね。中学に入ると英語も加わって日本人なら全員が習うシステムができています。
その主要5つの教科の他にも美術とか音楽、体育などあります。

ここで疑問


その中にどうして法律がないのでしょうか?

これがないのがすごく不思議です。


学ぶ機会としては大学で法学部に進む。もしくは大学で法律の授業を選択するくらいに限られるので、法律を理解している人はほんの一部ということになります。
こう言うわたしも大学は経済系の学部で民法を少し学んだ程度で法律はよくわかっていません。

ほとんどの大人は、社会に役立つことが目的であるはずの法律を詳しく知らないまま社会生活を送っているのが現実だと思います。
これでいいのでしょうか?

なぜこんなことを思うかというと簡単な法律を知らず

に犯罪を犯してしまう人が多いから。



特に感じるのは刑法です。
新聞の事件欄を見ていると脅迫やコンビニ強盗などの犯罪をよく目にします。
それは大抵ちょっと頭の良くない人たちです。
「殺すぞ」とか口走ってしまったら通報されて御用になるということくらい法律を知っていればわかるようなもの。

でも学校で学ぶ機会がなく、社会に出てからも身につけることができなかった頭の良くない人がそれをやっちゃいます。

コンビニ強盗もしかり。
強盗で捕まったら重罪になることを知っていればやらないはず。たかが数万円程度のリターンとブタ箱行きのリスクを考えれば実行に移さないはずなのです。

ここでは罰(法律)の抑止力が働きます。

つまり法律を学ぶことでリスクとリターンの関係に想いをめぐらすという複合的なモノの考え方ができるようになります。
このヒトを成長させることにつながる法学はやはり必修であるべき。

なんだかんだ言っても、教育の力は大きいのです。
こんなことで新聞に載るような人たちでも日本語は堪能だし計算もできます。それは国語や算数を必修で学んできたから。

ではこれをどのタイミングで教えるといいか?
小学校高学年~中学校の義務教育の時期でしょう。

リオ五輪では貧困という原因で教育も受けられない結果、治安の悪さを目の当たりにしましたが、教育をすることができればすぐに効果が表れるのではないでしょうか?また将来の安心、安全な日本につながると思います。
わたしは法学の学校教育導入を期待します。



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旅先で見るもの
2016/08/01(Mon)
先週の3日間で横浜・鎌倉旅行に行ってきました。
訪れたのはみんなが行くような観光地ばかり。
6年前にもほぼ同じ場所を訪れたのですが非日常を感じられる旅行はなかなか楽しかったです。

この旅行で強く感じたのは観光地がどうだとか中華街の料理が美味しいかどうか、ではありません。

人がどうかです。

訪れて感じたのは現地の人が非常にお上品だということ。
わたしの地元では感じることがないような「金持ち喧嘩せず」というような空気をひしひしと感じました。
横浜のような大都市ともなると割合としてイイ人も多いけど変な人も多いはずです。
しかし人口が多い割には変な人を見かけません。どことなく余裕があるような素敵な人たちばかりという印象。
それは東京でも感じますが、東京は町によって空気が違いますが横浜は見る限りイイ感じでしたね。

横浜市をはじめ神奈川県内にはわたしの勤める会社の営業所も複数あります。
こんな環境なら異動してしばらく住んでみたいとも思いました。
異動ともなれば関東地方の名所も回れるしこれはいいなと。今度自己申告書に関東営業部に異動希望と書いてみようかな。

最近はこんな感じでいろんなことをリサーチする旅行に変わってきています。



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揉め事の芽は摘んでおく
2016/06/27(Mon)
先日のスーパーのレジでのこと。
わたしの前にいた女子3人組のグループがお酒やおつまみなどを買ってレジで精算をしていました。自宅で女子会を開くみたいです。

合計金額が3200円ほど。このグループがどう支払ったかというとAさんが3000円、Bさんが約200円という支払い方でした。
この場合、レジで3人が3分の1ずつお金を出し合うと時間もかかるしスマートじゃありません。完全に割り勘をするとなると小銭も持ち合わせてないかもしれません。

こんな時は一人がまとめて支払い、その後代金を回収するという方法でいいでしょう。
でもなぜか「わたし細かいお金あるから~」といって端数を出したがる人がいます。今回はBさんがそれ。
それをやってしまうと後で割り勘をする時の計算が少々ややこしくなるでしょう。
ここで計算を間違えてしまうと人間関係を壊す元になりかねません。

でもそもそもこういう支払いをする人たちは完全に割り勘でなくてもいいと考えているのかもしれませんね。
そこんところはよくわかりませんがお金に対してそんなアバウトでいいのか?と思います。

世のトラブルの多くはお金に関することという事実を考えるとこのあたりはいい加減にするのは良くないと感じました。



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人生を考えさせるきっかけ
2016/06/04(Sat)
会社の同僚のKさん(女性・49歳)はご主人さんと二人暮らしで子供はいません。家族形態についてはわたしと同じですね。
しかし我が家と決定的に違うのはKさん家は夫、妻ともに正社員でバリバリに働いていること。
Kさんは年収800万円ほどで女性としてはしっかり稼いでいます。ご主人さんも名の知れた会社に勤めています。

こんな状況の人ってどんな生活をしているのかな、といった興味もありKさんの消費生活を観察したりするのですがやはり「貧困って何?」という生活をしています。

昼食にちょっと良さげな焼肉レストランに行ったり、毎日の通勤でも別料金が必要な特急電車を利用したりしています。
旅行も好きみたいで今年の春には香港に行って、先月は北海道を旅しています。
お土産を頂くたびに「また行ったか」とわたしは指をくわえています。

と思っていたら今月また4連休を入れています。4連休という長さからしてアジアかビーチリーゾートあたりかなと。
50歳を目前に今がまさに「人生を楽しむ時」と考えているのかもしれませんね。

Kさんとは職位が同じであることから彼女が連休をとるとわたしが休みにくくなるので「えーっ!?」てなもんですけどね。

特にここ最近は激しく遊ぶなぁと思ってよくよく考えてみると、実は今年に入ってKさんは実の姉を病気で亡くしています。
亡くなったお姉さんは50代前半だったと思うのですが、これがKさんを目覚めさせたきっかけとなったかもしれません。

50歳くらいだと健康な人が多いのですが、ここで思うのが人生を楽しむことと寿命との関係について。

仮に健康で楽しめる期限が明確になってしまった時(余命を告知された時など)、その後は純粋に趣味などを楽しめるでしょうか?
「明日死ぬとしたら何をしたい?」という質問がよくありますが、明日死ぬとわかっている状況で何を楽しめるというのでしょうか?
そんな状況で金なんかあっても仕方がないでしょう。

やはり趣味を楽しむにしても心身ともに健康であることが大前提。
あまり遅くまで楽しみをとっておくことは、それを楽しめないまま人生終了のリスクが高いことを肝に銘じる必要があると思いました。




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