いくらカネを持ってるか聞かれた
2017/05/29(Mon)
先日会社の同僚(Tさん)から次のような質問をされました。

Tさん 「かぴばらMさんって投資で成功しているんですってね。(金融資産額が)億は超えてますか?」と。

投資で成功?億超え? とか突然そんな話が出てきて何それって感じ。
投資で成功っていうのは、どれくらいの実績があればそれに当てはまるのか基準がわからないから答えようもない。

どこからそんな話が出てくるのかわかりませんが噂話に尾びれが付いてといった感じでしょうか。
そして質問内容は高校生みたいに億超えなのか超えてないのかという興味本位な2択。

まぁ、嘘を言うこともないから・・・

わたし 「投資で成功なんてしていないし、億も超えてませんから」

Tさん 「じゃあ5000(万円)くらいですか?」

わたし 「金額は年3%で運用できたら利子生活ができる程度」

具体的な資産額を言うのも何なんでこんな風に答えておきました。
わたしの年間生活費を知ってないと この方程式は解けないわけで、彼の想像力を働かせることができてイイはぐらかし方だったと思いましたけどね。

彼の質問レベルはともかく自分にとって意味のない金額を目指すほど人生の残り時間は多くないことだけは再認識しました。



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考えすぎが間違いの原因になる
2017/05/24(Wed)
先日 「GPS操作は違法」 との判断が最高裁で示されました。プライバシーを侵害する捜査手法に当たるからということです。

これは自動車盗を繰り返していた被告が捜査の違法性を訴えた裁判なんですが、まずもって

「おまえが言うな」 と言いたい。

被告がこんなことを訴えるのは自分の身を守るためにある意味仕方がないことなのですが、問題なのはそれを受けて最高裁でその被告の訴えを認めてしまったこと。

法律に触れた人を捜査するのにその捜査手法を法律でガチガチに縛るなんてのはナンセンス。そんな悪い輩に対しては警察はどんな手でも使えるくらいにしておけばいい。
悪者は何不自由なくすべての手を使えるのに捜査側は手足を縛られた状態だなんて検挙率が下がって当たり前です。

法律の最終目的は「社会に役立つこと」であるはず。
社会に役立つことにつながるのであれば捜査する側が有利になるようなルールにすべきだし、それを世に知らしめることが犯罪の抑止力にもなる。
それにより不利益を被る善良な市民なんてほぼいないだろうし、もしその可能性があるのなら「わずかな不利益は生じる可能性があるが、それは我慢しましょう」の一文を法律に付け加えればいい。
そのわずかな不利益を考えるがために大きな利益を取り損なうほうがよほど損害じゃないですか。

最近も国会で法案をめぐっていろいろ騒ぎがあるようですが、その法律の悪い部分を血眼になって探すのもいいですが良い部分との差し引きでモノを見てほしいと思います。
ヒトって頭がいいのかわかりませんが物事を難しく考えすぎて間違った結論に達してしまうことがあります。もっとシンプルに考え本末転倒にならないことを願います。



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価値=価格とは限らない
2017/05/16(Tue)
世にあふれるモノやサービスの価値と価格って不釣り合いなことがあると感じることってありませんか?
本来同じ価値であるなら同じ価格であるはずですが、ここのズレを感じることがよくあります。

実例をあげると
まず食べ物では肉でそれをよく感じます。
生肉って大きく分けると牛肉、豚肉、鶏肉と分かれます。価格だけ見てランク付けすると牛:豚:鶏=松:竹:梅といった感じ。
具体的に言うと和牛モモ肉だと100gあたり600円とか700円くらい。国産鶏肉モモ肉だと100g100円ちょっとくらいです。
この価格差約6倍。
もちろん部位、産地によってはさらに差が広がります。A5ランク和牛ロース肉と外国産鶏肉ムネ肉だったりするとその差50倍とか??
わたしのように唐揚げ大好きだと鶏モモ肉の価値なんて牛肉と変わらないくらい。まして国産豚肉とアメリカ産豚肉なんて味の差なんてありません。これで価格差がつくとか理解できません。

次にリタイアブログでもよく話題に出る床屋代。
わたし今は1080円の床屋。しかし数年前までは3800円の美容院通いでした。4倍近い価格差ですが現在特に不満もありません。

他にもいろいろ。
プロ野球を球場に観戦に行くのとテレビで観戦するのとそんなに違いがあるか?とか
風俗に数万円出すのと無料のエロ動画を比べて満足度ってそんなに違うのか?とか。

あれもこれも個人の嗜好によるところが大きいので結局は「人による」としかいえませんが、モノの価格って実際の価値以上に差がつくものだと感じます。
モノ自体の価値だけでなく需要と供給の関係で価格が決まるということなら、多くの人と同じ嗜好つまり価値観を持たないということがオトクな消費活動をすることにつながります。このように支出をコントロールすることが必要な人にとって、多数派とは少しズレる戦略は有効です。
この追求を楽しんでできる人がリタイア適性があるということだと思います。



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奥さんに稼いでもらえばいい
2017/04/24(Mon)
我が家は子供がおらず夫婦のみで暮らしています。
では「夫婦のみ」か「ひとり者」ならどっちが資産形成に有利でしょうか?

当然2人の働き方、支出レベルによって違ってきます。

わたしの場合はどうか?
ざっくりと計算してみました。
「今のわたし」と「わたしが今独身だったなら」を条件とした比較シミュレーションです。

支出項目をひとつひとつ計算すると
結婚生活をおくっている今の月間生活費は約17万円です。
一方わたしが今ひとり身だったと仮定しての月間の平均生活費は10万円ほど。
この差7万円。
つまり結婚したことによって支出が月7万円増となっているわけ。

収入の方はどうか?
わたしの収入は結婚前も後もたいして変わりはありません。
妻の収入はパートで月7万円ほど。

収入も支出も月7万円増と同額なわけで収支としてはプラスマイナスゼロという結果に。

これをどう見るか?
わたしはこれについてはネガティブな見方です。
早期リタイアを目指す者たるや将来の収入減を見据え増やせるうちに増やしておくのがセオリー。
プラスマイナスゼロは満足どころか納得すらできるものではないのです。
具体的には奥さんの手取りは月15万くらいは欲しいところか。

というわけで資産形成が命題である早期リタイアを目指す人は奥さんにフルタイムで働いてもらうのがいいわけです。当たり前か。
もし妻がフルタイムで働けば結婚後の方が資産増加ペースが上がるのは間違いないでしょう。

女の人もあまり働きたくないので「家事も仕事と同様生産性があることだ」と言って専業主婦大変論者になりますが効果的な資産形成という観点からするとそれは受け入れるべきではありません。
炊事、掃除、洗濯なんていうのは独身の人でもすることで、会社からの収入を下げることなく誰もが仕事と両立させていること。そのような家事を月7万円という生活コスト増と引き換えにできるわけがありません。

まとめとしては
現在独身で結婚することを希望していて、さらに早期リタイアを目標としている人は2馬力を目指すべき。奥さんと進むべき未来像のすり合わせが前提ですが、資産形成のパフォーマンスを高めることを実現するためにはこのことを真正面から考えるべきです。
援護射撃をしてくれるのか足を引っ張られるのか、これはえらい違いです。
ただでさえ女は男に比べて必要経費が高くなる生き物であり贅沢をしなくてもカネがかかる生き物。支出が大きくなるのは受け入れて収入が大きくなる画策をすることは資産形成の近道。2馬力に勝るものはないと考えましょう。

※あっ、これは資産形成の観点からの考察です。結婚はお金だけじゃないですからね(汗)



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義理=カネは美しい文化か?
2017/04/22(Sat)
きのうNHKのドキュメント72時間で都会の葬式をテーマに取り上げていました。
わたしの感想は葬式も年々シンプルになって合理的になってきているということ。

そうは言っても葬式代の全国平均は200万円とのことで、これはカネをかけすぎ。
これは亡くなった人に対してこれぐらい豪華に(?)送りださないと失礼ということなのでしょうか?
亡くなった人への想いというより遺族に対して格好をつけるということであれば、ここでも見栄というものが透けて見えます。
ブランドもののバッグを持ちたいということと本質的には同じですね。

わたしの勤める会社でも社員本人、または家族が亡くなると各営業所に訃報としてFAXが流れてきます。
それを見ると、最近では家族葬で済ませる方がほとんどで訃報には基本的な葬儀の内容に加えて「弔問、生花、香典は辞退させて頂く」旨が記載されています。
お気遣いを頂いたら当然お返しが必要なわけで、今の世の中そういった人付き合いをシンプルに済ませたいというのは誰もが思うところですよね。

こんなこと言ったらいけないのでしょうけど亡くなった人のために今まさに生きている人の生活が立ち行かなくなるなんてバカバカしいですもん。

「死なないで。いま死なれたら わたしも生きていけない(経済的に)」 なんてブラックジョークかよw

交際費に限らず省けるものは省くというのが節約の基本。それでみんなハッピーになれるのであればそれが正解。
義理を欠いては・・・という言葉があります。非常識過ぎるのはダメですが義理をカネに置き換えるという考え方もまた卑しい。義理=カネではなく義理=気持ちであるはず(よし、決まったw)。
義理チョコなんてのもありますが、昔ながらの不要な文化はどんどん廃止する合理的な考え方をわたしは支持します。



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